2012/05/05 19:29閉じる
今日三岐鉄道北勢線に乗って阿下喜温泉あじさいの里へ行って来ました
先日樽見鉄道で谷汲山華厳寺へ参拝に行って、公共交通機関の重要性が良くわかりましたが、三岐鉄道北勢線に乗って、さらに公共交通機関の重要性がわかりました
やはり私の様な車を持っていない者としたら、北勢線の様な鉄道は物凄く有難い存在でした
谷汲山にも温泉はありましたが、マイカーで行って谷汲山の温泉に入るより、ナローゲージの電車に乗って入る阿下喜温泉の方が観光地としても谷汲山より魅力的でした
ちなみに娘は彼氏と長島温泉に行きましたが、二人とも車ではなくバスで行きました
確かにモータリゼーションの到来とともにマイカーが普及したため、観光地に行くのにマイカーで行くなとは言いませんが、マイカーで来るのが当たり前、マイカーを持つのが当然という考え方もどうでしょうか?長島温泉はマイカーの観光客がメインである事はわかりますが、マイカーだけでしか来れない観光地にするのではなく、メインがマイカー、サブが公共交通機関という様に車を持たない人にも対応する様にするのが本当の観光地ではないでしょうか?北勢線も谷汲線と同様に廃止の危機がありましたが、安易に谷汲線を廃止した岐阜県と比べ、北勢線を何とか残した三重県は本当に立派だと思います
私の別の質問に回答して下さった方で、岐阜県は行政が車中心に考えているという意見がありましたが、今日はまさにその事を実感しました
そこで質問ですが、モータリゼーションが到来してマイカーが普及したら、次に考えなければならない事は、もう一度公共交通機関の重要性を見直す事だと私は思いますが、皆さんはどの様に考えますか?ちなみに谷汲山と同様の例で香嵐渓を挙げますが、以前私と娘と両親と妹で紅葉の季節に香嵐渓へ行きましたが、あまりにも酷い渋滞の上、駐車場も見つからず、結局何も見ずに帰ったという事がありました
帰宅して家族全員の意見が、もう二度と香嵐渓など行きたくない、でした
実際香嵐渓もヘビセンターが潰れましたし、この様にマイカーでしか行けない観光地はいずれ廃れるのではないでしょうか?長文になり、大変失礼しました
質問に関係ない世間話が多すぎ。1/10以下に縮めることができそう。世間話の部分は無視しますよ。本当の観光地かどうかなんて質問ですか?いったいどれが質問ですか?すべて意味のある長文ではなく、意味のない無駄な部分が多い。交通権という概念があります。日常生活する上で交通の手段を権利として考えようというものです。現時点では交通弱者をなくそうという自治体の努力目標の根拠となっています。この場合の交通弱者とは主に高齢者や未成年、障碍者を指します。観光客はぶっちゃけまったく別の話です。あなたの質問の問題はここにあります。あなたは観光客の立場の視点しか持ちえていないのです。本当の問題は日常生活の交通権の確保にあるのであり、観光地と観光客の問題を絡めることは問題をややこしくします。季節的な偏りの激しい観光の足は公共性があるとは言い難いのです。ピーク時に備えて、あるいは細々とした観光スポットに向けて公共交通を整備したら財政は破綻することでしょう。あなたが巻き込まれた渋滞で、足助に住む人は生活の問題と捉えて難儀をしています。あなたの視点とは大きく違います。人が飽和状態になるまで来てくれるのに廃れるなんてとんでもない、通りすがりの勝手な意見は気楽でいいよね、という感想をもたれるのではないでしょうか?