2011/06/05 02:59閉じる
岩手県滝沢村にある蒼前神社はォラが子供の頃は「駒形神社」と「蒼前神社」の二つの呼び名があったような気がします
(どちらかというと「駒形神社」が一般的な呼び名だったと記憶しています…でも何故か蒼前神社と言う呼び名も知っていた)最近ネットで調べたら「鬼越蒼前神社」が現在の正式名称で「駒形神社」は旧名らしいのですが…そこで質問なのですが、①なぜ元々、駒形神社と蒼前神社の二つの呼び名が存在したのですか??②なぜ駒形神社と言う名称から鬼越蒼前神社に社名を変更したのでしょうか??③この神社は奥州市にある駒形神社と関係ありますか??④この神社へは子供の頃、友達と数回行ったことがありますが、不気味な気を感じさせる神社でした
この神社に纏わる不思議・怪奇エピソードはありますか??(質問④は何となくの質問なので深い意味はありません)よろしくお願いします
駒形神は馬と蚕の守護神とされ、神仏混淆で馬頭観音と習合しました。その為、元々東北地方にあった馬神信仰の蒼前(宗善、蒼善・勝善・正善・惣善・相染、相善などとも書く)神とも同じものとして扱われることになり、「駒形神社」とも「蒼前神社」とも呼ばれたのでしょう。元々は別神だったはずです。名称を変えた理由は分かりませんが、元々の地元信仰の対象である「蒼前神」に戻したのではないでしょうか。元々の祭神が駒形神だったのか、それとも蒼前神だったのか分かりませんが。或いは正式名と通称でどちらかが残ったか。そもそも駒形神(駒弓神、子眉嶺神、子檀嶺神などとも書く)は、どの神を指すのか分からなくなってしまっていますが、古代豪族毛野氏とその一族によって奉斎された神で、「保食神」「大宮神」「御食津神」「豊受大神」と同じです。(実体は瀬織津姫神とされます。瀬織津姫神は祓の神、水神、川神、織物の神、養蚕の神など多彩な面を持つ)駒形神が宇賀御魂大神とされたり、毛野氏の氏神とされる所以です。駒形神を祀った駒形神社の総社が奥州市の駒形神社です。毛野氏は現在の大阪湾岸・茅渟地方に起源があり、摂津~河内~近江~能登~信濃を経て、両毛地方に入りました。その子孫は両毛地方だけでなく、陸奥国にも広がり、それとともに駒形神も陸奥各地に祀られるようになりました。そして各地に駒ヶ岳や駒ヶ嶺、駒形山などの山名や地名があるのは、毛野氏が、外輪山を持つ形のいい山を捜し出し、連山の中で二番目の高峰を駒ケ岳又は駒形山と名付け、駒形神を奉斎したことによります。(奥州市の駒形神社の奥宮がある山も駒形山。)ちなみに、福島県相馬郡新地町「駒ヶ嶺」にある子眉嶺神社は、毛野氏族の浮田国造によって奉斎されていましたが、ここは通称「奥之相善宮」と呼ばれ、やはり駒形神と相善神が一緒になっています。